信託の活用

事業承継において、「信託」は大変便利な道具の1つです。経営者の意図を組んだ細かい設計が可能になります。

ちなみに、「信託」とは、自分の大切な財産を、信頼できる人に託し、自分が決めた目的に沿って大切な人や自分のために運用・管理してもらう制度となります。

もう少し細かく書くと、委託者が信託行為(例えば、信託契約、遺言)によってその信頼できる人(受託者)に対してお金や土地、建物などの財産を移転し、受託者は委託者が設定した信託目的に従って受益者のためにその財産(信託財産)の管理・処分などをする制度となります。

なお、信託の受益権には2種類存在し、信託財産から発生する利益を受け取る権利(=収益受益権)と信託財産を返してもらう権利(=元本受益権)があります。この2つは別々の権利として移転させたり、移転の時期や順番を決めることができます。

信託の種類

信託には大きく「個人向けの信託」「法人向けの信託」「公益・福祉のための信託」の3つに分類できます。ここでは個人向けと法人向けの商品例をご紹介します。

個人向け信託

生活のあらゆるシーンにおいて信託を活用することが出来ます。
以下は具体的な信託商品の例となります。信託取り扱い会社によって様々な商品が用意されています。

  • 教育資金信託
  • 不動産信託
  • 遺言信託
  • 金銭信託
  • 年金信託
  • 結婚、子育て信託
  • 跡継ぎ遺贈信託
  • 生命保険信託
  • 投資信託
  • 財形信託

法人向け信託

法人向けの信託は、従業員のための年金や財産形成、企業の資金調達・資産運用の手段などに幅広く使われています。
こちらも幾つか商品例をご紹介しておきます。

  • 株式交付
  • 受益証券発行
  • 担保権の信託
  • 資産流動化の信託
  • 有価証券の信託
  • 顧客分別金信託

信託の依頼方法

信託は、「信託銀行」や「信託会社」、あるいは「信託契約代理店」で契約をすることにより、利用することが可能です。いずれも法律により金融庁の認可などを得て信託業務を行っています。

信託業務とは、信託銀行等の信託兼営金融機関や信託会社(受託者)が、個人や企業などの法人からの信託の設定により財産を預かり管理・運用する業務をいいます。
また、信託業法では、「信託業」とは、「信託の引受けを行う営業をいう」と定義付けられています。

大まかな流れとしては、①現状の把握を行い、②信託内容を決定し、③信託契約書の作成となります。

事業承継への応用例

事業承継において「信託」は使いようによっては、かなり便利な道具となります。ここでは使えそうな例を2つ挙げておきます。

例1.
現経営者の後継者候補(経営者の子供)がまだ未成年の為、直近の経営は別の親族に代理でお願いし、後継者が成人したタイミングで事業承継したい

①信託目的
⇒後継者が成人するまで、親族に経営を委託。後継者が成人したタイミングで事業承継させることが目的。

②信託内容
⇒後継者が20歳に達するまで議決権行使者に経営を委託し、後継者が20歳になった時点で事業承継を行う。

③信託財産
⇒自社株式

④信託期間
⇒後継者が20歳になるまで

⑤委託者
⇒経営者本人

⑥受益権者変更権者
⇒経営者本人死亡後の受益者変更権を指定します。対象後継者以外の者を後継者に指定することも可能。受益権者変更権者は 受益者を変更する権利を有する者として後継者の中から受益者を指定することができます。経営委託者に受益権者変更権者を指定させることも可能です。

⑦受益者
⇒本人及び対象後継者

⑧指図権者(議決権行使者)
⇒経営者本人・経営委託者(本人の親族)の指図により、経営の意思決定が行われます。経営者本人が死亡し、後継者が20歳に達していない場合には経営委託者を議決権行使者に指定し、経営の安定継続を図ることとなります。

⑨委託者
⇒信託会社

この例は、ご自分の子供が成人したタイミングで確実に自社株式を子供に渡すことを信託したケースです。このケースでリスクヘッジしなくてはならないのは代理でお願いしていた親族が、子供の成人のタイミングになっても経営権を渡さない、渡したくないとなる場合です。「信託」を使うことにより、確実に経営権を子供に渡すことで出来るようになります。

例2.

株式はすべて長男に相続させたいが、他の兄弟が遺留分を主張して相続紛争にならないようにしたい
(財産の全てがほぼ自社株式のみだった場合)

①信託目的
⇒円滑な事業承継と遺留分対策

②信託内容
⇒本人死亡時に収益受益権を長女の遺留分を侵害しないように、長女と長男に承継させ、収益の給付を行います。元本受益権を配偶者に承継し、配偶者死亡時に元本受益権を長男に承継させ長男は遺留分を代償金により清算します。本人死亡後の議決権行使者を長男にすることで経営権を確保します。

③信託財産
⇒自社株式

④信託期間
⇒経営者本が死亡し、さらにその後に配偶者死亡時まで

⑤委託者
⇒経営者本人

⑥受益者
⇒本人・配偶者・長女・長男

⑦指図権者(議決権行使者)
⇒経営者本人・長男

⑨委託者
⇒信託会社

この例は、最終的に長男に自社株式を相続させ、遺留分侵害で裁判沙汰にならないよう信託を活用した例です。

信託契約により、相続発生した場合には、受益権を長男50%、長女50%の割合で取得するように指定します(議決権分離型信託)。同時に、相続後の議決権指図権者を長男100%となるように指定。これによって、信託期間を例えば20年と設定した場合に、議決権指図権者となる長男は長女の受益権を買いとるために配当を使って代償金を支払います。そして長男は、相続開始と同時に議決権指図権者となり、経営上の空白は生じません。

その他の活用事例

他にも信託は事業承継において様々な使い方が可能です。その他の活用事例についてもご紹介します。

後継者に今すぐにでも株式を譲渡し事業承継を進めたい。しかしながら、経験の浅い後継者に全て任せていいのか不安である。何か良い方法はないのか?

受益者を後継者にすることで収益受益権と元本受益権は渡ることになりますが、「議決権指図権」を現経営者に残しながら、現経営者が信託会社に対して議決権の行使を指図していくことになります。(議決権分離型信託)
これによって、次世代である後継者に株式を移転させたとしても議決権の指図権を現オーナーに残すことによって、経営権を維持することが可能となります。

認知症の不安があり、株式対策が出来ていない中で議決権だけでも後継者に持たすことが出来ないか?

委託者および受益者はそのまま現経営者にしながら、会社の支配権である「議決権指図権」を後継者に渡します。
これによって、次世代である後継者に議決権を移転させておきながら、時間をかけながら財産面の対策をしていく余裕が生まれると同時に、現経営者が認知症の発症あるいは突然の死亡があったとしても、経営の意思決定が停止することはなくなります。なお、信託終了事由(経営者の死亡)発生により受益者を後継者にしておきます。

設備投資のタイミングで株価が下がり、株式移転のチャンスとなった。しかしながら、後継者は未熟であり株式移転には不安がある。このチャンスを活かした上で、議決権を現経営者が行使することができないか?

経営者の保有株式を後継者に移転します。その後すぐさま信託設定を行い、会社の支配権である「議決権指図権」を現経営者に渡すようにします。この方法により可能となります。
なお、信託終了により、議決権が現経営者から後継者へ戻ることで、本来の財産権と経営権のくっついた株式に戻り事業承継が完了します。

財産において不動産を配偶者が相続することは問題ないが、配偶者が死亡した時の2次相続で義理の兄に相続されるのは避けたい。ただし、甥はかわいいので、相続させたい。

当初は、社長自身を受益権者とします。信託契約で相続が発生した場合には第二次受益者として配偶者を指定します。配偶者の相続いわゆる二次相続が発生した際には、第三次受益者として甥を指定することが可能です。(受益者連続型信託)
このように生前に信託契約を結ぶことによって、配偶者の死後に指定した人物へ相続させることが可能です。

いくつか事例をご覧いただいたように「信託」の使い方は様々です。そして遺言とは違い、信託者を通じて確実に信託内容を実行してもらうことが可能となります。

事業承継において確実な約束事を取り付けたい場合は「信託」の活用をご検討下さい。