事業承継で必ずといっていいほど出てくるのが株式の問題です。
早速ですが、お尋ねします。
代表交代のタイミングで株価は上げた方がいいのでしょうか。それとも下げた方がいいのでしょうか。
答えは承継のパターンによって異なるといえます。
・上げた方がいいパターン ⇒ M&Aで会社の売却を行う
・どちらともいえないパターン ⇒ 従業員への社内承継
・下げた方がいいパターン ⇒ 親族内承継
概ね上記のパターンで株価の方向性は決まってきます。事業承継においては一般的に株価を下げる対策が多いこともあり、今回は非上場の自社株価を下げる方法について説明をしていきます。
非上場自社株の株価を引き下げる相続税対策
親族内で事業承継する会社は、業績も良い会社が多く、必然的に株価も高くなっているものと予想されます。
ところが、非上場株式は、上場株式のように第三者に売却できるわけではありませんから、相続税を考えると後継者に自社株を渡す前に株価を引き下げたいと考えるのも当然の流れです。
ただし、自社株の対策が、事業そのものに悪影響を与えてしまったら元も子もありません。株価引き下げ対策は、その点を踏まえながら、以下のような方法を検討することになります。
目次
- 会社の価値を下げる
- 配当金を引き下げる
- 会社規模を変更する
- 発行済株式数を増加させる
- 生命保険を活用する
- オペレーティングリースを活用する
- 不動産小口化商品を購入する
① 会社の価値を下げる
会社価値を下げるためには、会社の資産を外部に掃き出すなどして、損失を計上するという考え方が基本になります。一般的な損失の出し方は幾つかありますので以下ご紹介します。
役員退職慰労金の支給
役員退職金を支給することによって損失の計上をします。この際、借入をしたうえで支給することで、より効果を出すことが出来ます。また、含み損のある資産を役員退職金として現物支給するというやり方もあります。
こちらに関しては個別のページがありますので、そちらをご参照下さい。(役員退職慰労金の活用)
含み損のある資産の売却
代表的な資産が土地となります。土地の場合は簿価よりも値下がりしている場合は売却して譲渡損を出すことが出来ます。また、土地以外にも上場株式の株、ゴルフ会員権、別荘などで含み損がある場合や、不良資産の売却損・除去損を計上をする方法もあります。
含み損のある会社のM&A
含み損を抱えている会社をM&Aする方法もあります。ただし、税務上の繰越欠損金を持つ会社をM&Aする場合は、繰越欠損金の利用に時限措置が適用されたり、租税回避行為と認定される場合もあるので注意が必要です。
② 配当金の引き下げ
類似業種比準方式の計算方法で確認したとおり、株主配当金は株価決定要因の一つです。
単純なことですが、1株あたりの配当金が低くなれば、類似業種比準方式により計算した株価が下がることになります。
ここでの配当金は基本的に普通配当金が対象ですから、5年に1度の記念配当や創立〇周年の特別配当の時に多めに配当を行い、普段の配当を抑えるという方法があります。(記念配当/特別配当は評価に含めなくて良いという規定があります。ただし中間配当はこれに該当しません)
③ 会社規模の変更
会社規模において大会社に近づく程、類似比準価額方式の採用割合が高くなります。一般的に純資産価額方式よりも類似比準価額方式の方が株価は低くなります。
そこで、グループ経営組織の見直しや経営効率化の一環として2つの会社を合併するケースがあります。そうすることで、合併の結果、会社規模が中会社2社から大会社1社に変わる場合があります。
会社規模が大会社になれば、類似業種比準方式か純資産方式のいずれか低い価格が自社株の株価になります。もし、合併前の2社が純資産方式より類似業種比準方式の株価の方が低い場合には、合併で自社株の株価が引き下がることが見込まれます。
④ 発行済株式数を増加させる
発行済株式数を増加させる方法ですが、一度対策を行えばその効果が永続的に続くという意味でたいへんな効果があります。
増資の方法ですが、実は増やすためにはそれなりのテクニック必要です。なぜならば、単純に株式分割をすれば分母の株式数は確かに増えますがトータルの持ち分の価値は同額となってしまうからです。
そこで、ここでは2つの方法を紹介します。
従業員持株会
増資の方法として、社長一族以外を引受け先とする第三者割当増資という方法があります。第三者に新株式を引き受けてもらうことで会社の発行済株式数が増加しますから、1株あたりの利益などが引き下げられることになり、社長一族が持つ自社株の価格総額が下がることになります
第三者割当増資の引受け先としては従業員持株会が考えられます。
従業員持ち株会はそもそも審査がないため、従業員を一定規模抱えている会社であれば、どんな会社でも取り組むことが出来る点が優れています。しかも、株主総会の開催を要求されることもないでしょうし、いちいち経営の重要事項を説明することも実務的にはありません。(ただし、もしものときの対策として、従業員持株会へ割り当てる株式は無議決権にする方法があります)
持株割合のバランスを考えたうえで従業員に株式を持たせることで、安定株主対策になりますし、従業員のモチベーションアップにつながる効果も期待できます。
中小企業投資育成株式会社に出資してもらう
もう1つの方法は政府系ベンチャーキャピタルである中小企業投資育成株式会社に出資してもらう方法です。
出資してもらうことで、投資後のシェアさえ気にしなければ、最大で50%のシェアを持ってもらうことで、半分近くまで株価を下げることが出来るようになります。
ただし、中小企業投資育成株式会社は投資後に配当(約10%程度)を期待するという側面があるためコストもそれなりにかかります。加えて株主総会の開催を要求されたり、決算時期その他重要事項の変更のタイミングで説明義務を求められることもあります。また、審査基準をクリアする要件も出てきます。
⑤ 生命保険の活用
生命保険契約に基づき保険会社に支払う保険料は保険種類に応じてその全部又は一部が損金に計上できる為、利益を圧縮する効果があり、結果として株価の引き下げができます。
ただし、2019年7月8日および10月8日以降の二段階で実行された改正通達により、一部の保険商品を除いて短期間での株価引き下げ効果はほとんどなくなりました。生命保険の活用は長期視点が必要になります。
なお、節税効果は期待できませんが、一定期間加入を継続して保険料を支払えば、解約時に解約返戻金として戻ってくるため、中長期的な資産形成としての役割は今後もなくなることはありません。
また、生命保険を退職時に解約して、受け取った解約返戻金を退職金支払原資として活用する時に注意したいのは、株価を引き下げた後で後継者に引き継ぎたい場合は、退職金支払と保険解約の期をずらさないと効果が相殺されてしまうということです。なお、2019年以降もこの方法は有効です。
⑥ オペレーティングリースの活用
オペレーティングリースとは、一般的に、投資家が任意組合や匿名組合に出資し、それらを通じてリース商品を購入、ユーザーに貸し付ける仕組みのことです。そのリース商品をユーザーに貸し付けてリース料を得るとともに、最終的に市場で売却します。リース期間中はリース料、売却に際しては市場動向次第で売却益を期待できます。
これを事業承継の株価引き下げ対策として活用することが出来ます。
まず匿名組合への出資後に一時的に大きな損失を計上することで株価を引下げ、翌期に後継者へ株式を移転させます。ただし、他のスキームと違う点は、この段階ではまだ代表取締役は役員退職慰労金を支給せずに、引き続き経営にあたってもらいます。そして、リース期間満了時に、出資持分によって分配金が匿名組合から支払われるので、この時に分配金を代表取締役の退職慰労金として支給すれば、利益と損失が相殺されて、節税を行いながら事業承継が完了できます。
ただし、オペレーテイングリースを活用する上でいくつか留意点があるため、真重に検討を行うことが必要です。まず、比較的長期間による対策になること。そして為替変動リスクがあることです。ちなみに、為替変動リスクについては、商品の選択肢が少なくなるという難点はありますが、円建て商品を選択するというリスク回避方法もあります。
⑦ 不動産小口化商品の購入
不動産小口化商品とは、特定の不動産を一口数万円から100万円程度に小口化して販売し、不動産の賃料収入や売却益を投資額に応じて出資者に分配する商品です。少額から不動産投資ができ、またREITと異なり現物不動産の保有者になる商品もあるため、相続対策としても注目を集めています。
このスキームは「不動産特定共同事業」と呼ばれており、不動産特定共同事業法(不特法)という法律に基づいて運営されるため、投資家にとってはリスク軽減につながるというメリットもあります。
事業承継においては、現物不動産と同じく「路線価」と「固定資産税評価額」をもとに相続税評価額を計算するため相続対策として活用することができます。
さいごに
業績が好調である企業が事業承継を進めるにおいて、贈与税や相続税対策として株価コントロールを行うことは必須の事項となっています。また、ここまでみてきたように株価の調整は一朝一夕にはいかないながらも、長期的に計画を立てることにより対応することは可能となります。
このように、できるだけ早く事業承継計画書に着手し、当然のことながら計画書に中に株価の調整も含めることが必要となります。