事業承継のタイミングで役員退職慰労金を支給することは、会社側にも役員側にもメリットがあります。
長年にわたって企業の発展のために尽くしてきた役員に対して、会社が慰労金を支給する一面に加えて、会社側が多額の費用計上をすることが出来、意図して株価を引き下げることが可能となります。
また、経営の交代を目に見える形で実施出来ることの意味合いも強く持っています。
目次
1.役員退職慰労金とは
役員退職慰労金とは、会社の役員である取締役や監査役が退職した際に支給する対価のことを指します。
役員退職慰労金は、役員への退職金という意味には相違ありませんが、従業員に対する退職金とは明確に区別する必要があります。
役員退職慰労金には、退職金規定のような規定を作成する必要はありません。そのため役員退職慰労金についての支給可否や金額、支給方法などは原則、株主総会で決議されます。しかし実際は、株主総会で取締役会に一任する旨の決議により、取締役会で決定されています。
2.役員退職慰労金と退職金との違い
役員退職慰労金と退職金の違いは、下記のとおりです。
- 役員退職慰労金は、退職金規定を作成する必要がない
- 退職金は、就業規則の退職金規程にもとづき支給される
役員退職慰労金は、役員の退職に対して会社が支給する対価となります。これに対して、従業員の退職に対して会社が支給する対価が退職金です。退職金の場合は、多くの企業では、退職金支給に関する会社の内部規程に基づいて支払われますが、役員退職慰労金の場合は、そうした内部規程を作成して準拠すれば支給できるというわけではありません。
役員退職慰労金は、会社法の諸規制を受けるほか、会計ルールや税務にも注意しなければいけないので、こうした点も退職金との大きな違いになります。
3.役員退職慰労金のメリット
役員退職慰労金は、冒頭で述べた通り株価を引き下げる効果があります。
類似業種比準価額方式であれば利益と純資産が下がるし、純資産価額方式でも資産が社外に掃き出されるので、結果として大きく株価を引き下げることが可能となります。しかも、役員退職慰労金の支給するタイミング次第では、会社のキャッシュフローを大きく改善させる効果もあります。
損金計上
法人税の節税になります。法人税の計算式は、「益金(収入)ー損金(経費)=所得×法人税率」。役員退職慰労金は全額を損金として計上するため、所得を圧縮でき、結果的に法人税等の節税が可能になります。
役員退職慰労金は一生に1回のものであり、同業他社、業容、業績、を鑑み、これまでの役員報酬の額を勘案して過大でなければ、全額損金として認められます。
繰越欠損金として損失の繰り越しが可能
役員退職慰労金の為に事前に対策をしていない場合、金融機関からの借入を行うケースが考えられます。当然借入金は増えますが、役員退職慰労金の計上により発生した税務上の繰越欠損金は、その期以降10期に渡って納税分を借入金返済に回すことが可能になります。
株式移転の実施
損金計上することで株価が下がります。株価が下がりますので、贈与税の納付額も伴って下がることになります。また、併せて経営権の交代を行うタイミングとしても最適です。
キャッシュフローの改善
役員退職慰労金を支払うタイミングで報酬の減額を行います。社長が65歳を越えている場合は基本月額と総報酬月額相当額の合計額を47万円以下にすることで、年金が満額支給されます。(2022年4月より)
社長は国からは老齢厚生年金が満額もらえることになり、会社側も役員報酬が減ることに加えて、社会保険料負担分がなくなるので、双方にとってメリットがあります。
なお、事前確定届出給与制度を使って、年収の総額を落とさずに社会保険料等の法定福利費を少なく抑えるという手法がありますが、役員退職慰労金の算定基礎となる月額報酬を下げることになるため注意が必要です。
保険解約返戻金と相殺させる
保険解約返戻金は特別利益として計上しなければなりません。一方、役員退職慰労金は特別損失となるので、これらを同時期に計上して相殺すれば、課税が抑えられたり、場合によってはゼロになることもあります。
ただし、実際は役員退職慰労金を支給して、株価を下げ株式移転をしてから、翌期に保険を解約して利益を計上する形をお勧めします。
4.役員退職慰労金の算定方法
役員退職慰労金の計算方法は功績倍率法を使います。ここで気を付けなくてはならないのは役員退職慰労金が高すぎると不当な支給にあたり監査の目が厳しくなります。
なお、役員退職金の算定方法として用いられることの多い「功績倍率法」については、法人税基本通達9-2-27の3(業績連動給与に該当しない退職給与)に定義が明文化されています。(“国税庁サイト 法人税基本通達9-2-27の3”)
功績倍率法の計算式はこちらです。
退任前の最終報酬月額 x 通算役員在任年数 x 役位別に定める率(功績倍率)
なお、創業社長など会社発展に特に功労のあった場合には上記の金額に「功労加算金」が加算されることもありますが、いずれにせよ役員退職金規程を作成し支給基準・根拠を明確にすることが重要です。
功績倍率は以下の数値が過去に国に採用されたことから適用している会社が多いようです。
- 代表取締役(社長):3.0
- 専務取締役:2.4
- 常務取締役:2.2
- 平取締役:1.8
- 監査役:1.6
5.退職金準備のための保険の活用
2019年7月8日以降に契約する定期保険については、保険期間中の「最高解約返戻率」が基準となり、課税ルールが再設定されました。これにより以前に存在した退職金準備の為の保険は効果が薄くなってしまいました。
そこで現在でも効果がある保険の仕組みとして「養老保険を使ったハーフタックスプラン」をご紹介します。
退職金準備のためハーフタックスプラン活用に関しては「保険の活用」ページを参照下さい。
6.会社と経営者間の債務の有無
役員退職慰労金を支給する時に、会社から経営者へ貸付金があった場合、逆に経営者から会社へ貸付金があった場合はやや複雑になってきます。
会社から経営者へ貸付金があった場合
役員退職慰労金を支払った後で、貸付金を返済してもらいます。結局のところ、資金は一回会社から出ていって、戻ることになりますが、会社の株価が下がり資金繰りという観点からもそのまま会社経営を安定して継続することができるので、後継者にとってもメリットがあります。
また、会社から経営者への貸付金は、経営者個人からすれば債務であるため、相続財産からマイナスすることはできますが、返済したとしても、現金がなくなるので結局は個人の資産は変わりません。
経営者から会社へ貸付金があった場合
会社への貸付金は個人にとっては相続財産になってしまうので、誰が一番困るかと言えば経営に携わっていない法定相続人が一番困ります。
債権放棄をして、個人の相続財産を減らしてしまえばいいかというとそうではありません。安易に債権放棄を行うと、会社側に債務免除益が計上されて多額の納税が発生してしまいます。また、会社の純資産が増えることで一時的に株価は上がることになります。そして株主構成によっては経営者以外の株主に対してみなし贈与税が課せられる可能性も出てきます。
債権放棄以外にもいくつか会社への貸付金を解消する方法があります。しかしながら、それぞれメリットやデメリットがあり、会社の状況に応じて使える会社と使えない会社が出てきます。
経営者から会社へ貸付金がある場合は細かくシミュレーションを行い進めていくことが必要です。