現代社会では、技術革新やビジネス環境の変化に対応するためのリスキリングの重要性が高まっています。効果的なリスキリングを実現するためには、単に新しい知識を得るだけでなく、その知識を定着させ、実践的なスキルへと変換する方法が求められます。
私は研修講師として多くの方々のスキルアップをサポートしてきた経験から、「学ぶ→資格取得する→実践する→教える」というサイクルが効果的な学習方法だと実感しています。このサイクルの背景にある「オートクライン効果」という現象に着目し、リスキリングにどのように活用できるかを考えていきたいと思います。
本記事では、プロジェクトマネジメントのPMP資格取得の経験を例に、オートクライン効果を活用したリスキリングの方法について解説します。
オートクライン効果とは
オートクライン効果は、本来は生物学の概念で、細胞が分泌した物質が同じ細胞自身に作用して変化を促す現象を指します。この概念を学習やスキル開発に応用すると、「自ら生み出した成果や知識が、さらなる学習意欲や能力開発を促進する循環」と捉えることができます。
日常的な例で考えると以下のようなものがあります。
- 運動を継続することで体力がつき、さらに高度なトレーニングができるようになる
- 文章を書く習慣が思考を整理する力を育み、より洗練された表現ができるようになる
- 一つのプロジェクトで得た経験が次のプロジェクト計画の精度を向上させる
これらは、自分の行動や成果が「自分自身の成長を促進する要素」となって還元される例です。
私がPMP資格を取得した当初、その知識は体系的ではあるものの、実務との接点が見えにくい状態でした。しかし、その知識を実際のプロジェクトで応用し、さらに他者に教えることで、深い理解と実践的なノウハウに変わっていきました。これがオートクライン効果の実例です。
オートクライン効果とリスキリング
プロジェクトマネジメントの分野でのリスキリング経験から、オートクライン効果の働きを具体的にお伝えします。
最初はPMBOK(プロジェクトマネジメントの知識体系)を学び、PMP資格の取得を目指しました。この段階では、ウォーターフォールにおける10の知識エリアや49のプロセスや、アジャイルフレームワークなどを理解し、試験に合格するレベルの知識を得ることが目標でした。
資格取得後、実際のプロジェクトでPMBOKのフレームワークを適用してみると、教科書的な知識と実務の間にはかなりのギャップがありました。例えば、ステークホルダー管理は理論上は体系的に見えても、実際の複雑な人間関係の中では状況に応じた判断が求められることが多く、マニュアル通りには進まないことが多くあります。この「実践」の段階で、教科書では触れられていない多くの気づきが生まれました。
そして大きな転機となったのは、これらの知識と実践経験を研修で他者に教え始めた時です。「このフレームワークを小規模プロジェクトでどう簡素化すればよいか」「リスク管理と課題管理をどう使い分けるべきか」といった実践的な質問に答えるために、自分自身の理解を整理し、体系化する必要がありました。
教えることで、自分の理解が不十分な部分が明確になり、それを補完するための学習が促されました。この「教える→学び直す→より深く理解する→さらに効果的に教える」というサイクルは、まさにオートクライン効果の好例といえます。
オートクライン効果を活用したリスキリング戦略
リスキリングにオートクライン効果を取り入れるための具体的な方法を、PMP資格取得の経験を踏まえて解説します。
1. 学びと実践の統合
新たに学んだ知識は、できるだけ早く実践の場で活用することが重要です。実践することで、知識の理解が深まり、実務上の課題や応用方法が見えてきます。シンプルな形でも実践することで、データ収集の課題や報告方法の工夫など、実務レベルでの応用ポイントが明確になります。
リスキリングにおいては、「完璧に理解してから実践する」よりも「実践しながら理解を深める」アプローチが効果的です。小規模でも実践の機会を作ることで、オートクライン効果のサイクルが始まります。
2. 知識の共有と教育活動
学んだ内容を他者に説明することは、自分の理解を飛躍的に向上させます。
PMP資格取得後、研修講師をする中で「WBSの作成方法」や「ステークホルダー分析の進め方」について解説する中で、質問に答えるために自分自身の理解を深め、より実践的な視点を得ることができました。
知識の共有方法は様々です。社内セミナーの開催、チーム内でのミニレクチャー、業界コミュニティでの発信など、自分に合った方法を選ぶとよいでしょう。重要なのは、自分の言葉で説明するプロセスを通じて、知識を整理し、深化させることです。
3. エビングハウスの忘却曲線を意識した振り返り
リスキリングで得た知識を定着させるには、計画的な復習が欠かせません。心理学者ヘルマン・エビングハウスの「忘却曲線」によれば、新しく学んだ情報は24時間後に約70%が忘却されるとされています。
この忘却と効果的に対抗するために、以下のような復習サイクルを取り入れるのがいいとされています。
- 学習当日:要点の簡潔なメモ作成(10分)
- 翌日:前日の内容の簡易復習(15分)
- 1週間後:週単位での学習内容の振り返り(30分)
- 1ヶ月後:核心部分の総復習(1時間)
計画的な振り返りは、オートクライン効果を支える重要な要素です。
持続的成長のためのオートクライン効果の活用
リスキリングの本質は、単に新しい知識や資格を獲得することではなく、継続的に学び、適応する能力を身につけることにあります。オートクライン効果を意識した学習サイクルは、この持続的な成長を可能にする鍵となります。学び、実践し、振り返り、共有するというサイクルを通じて、知識は単なる情報から、実践的な知恵へと変わっていきます。このプロセスこそが、真のリスキリングを実現するものです。
研修講師として多くの方々の成長を見てきた経験から、最も効果的にリスキリングを進められる人は、このオートクライン効果を自然と取り入れている方々だと感じています。彼らは新しい資格や知識を目的ではなく、成長の過程と捉えています。エビングハウスの忘却曲線を意識した計画的な復習と、オートクライン効果を活用した自己強化サイクルを組み合わせることで、あなたのリスキリングはより効果的なものになるでしょう。
変化の加速する現代において、学び続ける力こそが最も価値ある資産です。オートクライン効果を活用し、自己成長の持続可能なサイクルを構築していきましょう。