本コラムでは事業承継とイノベーションとの関連性について注目し、早くから事業承継に取り組むことの重要性を説明しています。
第5回コラムでは先行論文をもとに事業承継とイノベーションの関係性や事業承継における具体的なフォーカスポイントをみていきたいと思います。
第⑤回 先行研究から学ぶ!事業承継とイノベーションの関連性とは(前編)
1.先行研究にあたって
良くも悪くも事業承継によって会社の様々なことが大きく変化します。そしてその変化は企業にとって比較的望ましい方向への変化であることを前回の統計情報から確認してきました。
また第3回コラムではイノベーションとは「新しい知識を利用し顧客の課題解決を行い、社会的・経済的な価値を生み出すこと」という言葉で定義してみました。
改めて「新しいことの実践・挑戦」、これこそがイノベーションを起こすための第一歩だと考えます。
しかしながら、先代から後継者にバトンを渡すだけでイノベーションが起きることはありません。それは様々な統計を見ても、全ての新しい経営者が新しく何かを始められているかといえばそうではないことは分かります。
むしろ、新しく何かを実践しているのは少数派であるといえます。
では、この差は一体どこから生まれてくるのでしょうか。当然のことながら経営者の性格や会社の方針という要素も大きく影響してくることは分かります。特に老舗の企業では、新しいことをやらない事こそが生き残る戦略である企業もあるかもしれません。
そこで、事業承継を行うことで活性化するポイントや後継者に必要とされる視点や能力を先行事例から学び、事業承継の早期推進の重要性の認識を確認したいと思います。
2.先行研究から学ぶ
先人の中には、事業承継とイノベーションの関連性について注目し研究を重ねている方々が多くいます。ただし、2000年以降大きく取り上げられるようになった事業承継の分野や、シュンペーターに代表されるイノベーションの分野など其々のカテゴリーの研究は盛んにおこなわれている一方で、事業承継とイノベーションとの関連性にフォーカスした論文は決して多くありません。
そこで、多くはないながらも存在する先行研究の中から私見でピックアップした幾つかの論文をご紹介していきたいと思います。
「事業承継企業のイノベーション創出活動」(文能照之・2013)
2013年は中小企業白書の「自己変革を遂げて躍動する中小企業・小規模事業者」のテーマの中で事業承継について大きく取り上げた年でした。
この論文の中では事業承継を考えるポイントとして以下の2つを挙げています。
- 現在の事業を誰に承継承継するかという承継相手に関して
- 承継した事業を維持・発展させることができるかという経営に関して
そして前提として創業者の「事業に対する思い」を受け継ぎ事業を継続していく事業承継の必要性を説いています。
事実として、経営者の交代の年齢時期が大幅に後退していることを懸念材料として挙げています。30年以上前は引退する年齢が61歳か62歳であったのが2013年時点でも70歳を超えての承継が増え、当然のことながら2022年現在においては更に遅くなっている企業が多く残っています。
そしてこの論文で注目すべき点は、
「事業承継を実施し新製品を提供している会社は、リーダーシップ、問題解決・提案力、結束力、組織の風通しの良さ、やる気、販売先の多様性、等が違っている」
と実証している部分です。
リーダーシップ等の項目について新製品を提供した企業としていない企業の比較を統計学におけるt検定で実証しています。第4回コラムでも書いたことに繋がることの源流がここに書かれています。
事業承継を実施し、新しいことを実践(この論文でいえば新製品開発)することが企業活動において重要な要素と関係性が深いことは非常に興味深い結果でありました。
ただし、少し視点が変えてみると少し物足りなさを感じます。折角なので事業承継を実施し新製品を提供した/していないを結果とみなし、リーダーシップやその他変数の間で重回帰分析をした結果もみてみたかったと感じます。重回帰分析でも各項目が有意であれば、更に強い関連性を証明できるようになります。
「事業承継を機に後継者が経営革新を果たすためのポイントとその効果」(鈴木啓吾・2015)
日本政策金融公庫総合研究所研究員である鈴木さんがまず要旨の冒頭書いているのは。「事業承継を課題ではなく経営革新の好機と捉え、最大限に活かすことで企業は大きく飛躍できる」という一文です。
この一文にはまさに本コラムの趣旨が要約されておりもの凄く共感を覚えました。
そしてこの論文の肝として、後継者による経営革新のポイントを以下の2点としています。
- 「先代がとらわれていたもの」を「プロダクト(商品・サービス)」、「プロセス(製造方法)」、「マーケティング(販売方法)」、「組織」の4つに分類しそれらを変えていくこと
- 後継者は「他社での勤務経験」、「感性や考え方」、「後継者同志のつながり」を持っており、先代とは異なる特性を活かし、先代や従業員の理解を得ること
非常によくまとめられており、後継者にとってはかなり有益な情報ではないかと感じます。
また、経営革新のハードルは決して低くないことにも触れています。ヒト・モノ・カネといった経営資源の制約、経営者自身が過去にとらわれたり、アイデアが枯渇することによって経営革新は一朝一夕にはいかない。だからこそ高齢化した経営者が世代交代することの重要性へと繋がっていきます。
そして最後に、後継者による経営革新の場合、「従業員や社内体制の変化」「地域や産業への波及」「さらなる経営革新の誘発」といった副次的な効果も生まると締めくくっています。
事業承継の重要性に加え、後継者が意識するポイント、事業承継することの効果が分かり易く記載されていて読み易く共感できる内容の論文でした。
3.前半まとめ
さて、今回は2つの先行論文を中心に事業承継の重要性やポイントについてまとめてみました。この2つの論文だけでも事業承継がイノベーションに繋がるイメージが少しは沸いてきませんか?
事業承継は企業がこの先も永続的に事業を行うためには避けて通ることは出来ません。そして、この避けて通れないイベントは企業にとって一大事業です。
この第5回でみてきた先行論文の研究はきっと事業承継を考える上で役に立つと思い紹介させて頂きました。次回は引き続き、先行論文からみる事業承継のポイントを引き続きご紹介したいと思います。
4.まとめ
これまでみてきたように経営者の年齢が若いほど新しいことに挑戦する度合いが高く、挑戦を許容する企業風土があるといえます。また、同様に経営者の年齢によって企業業績に違いがあることも分かりました。
ただ、必ずしも全ての企業や経営者に当てはまるわけではないと思っています。それでも、経営者の若返りは企業の業績向上や存続においては需要なファクターであるとご理解いただけたのではないでしょうか。
そして早期の事業承継を行うことが日本を救う一つの道なのかもしれません。
第5回コラムでは事業承継で経営を引き継ぐ後継者がイノベーションを起こすためのポイントについて説明していこうと思います。