現代のビジネス環境において、組織の成功を左右する要因として「心理的安全性」への注目が高まっています。本コラムでは、心理的安全性とは何か、そしてそれがいかに組織やチームの成果に影響を与えるかについてお話しします。
心理的安全性とは何か
心理的安全性(Psychological Safety)という概念は、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授によって提唱されました。エドモンドソン教授は、心理的安全性を「チームメンバーが対人関係上のリスクを恐れることなく、自分の考えや気持ちを素直に発言できる環境」と定義しています。
この概念が広く知られるようになったきっかけの一つが、Googleが実施した「プロジェクト・アリストテレス」です。Googleは数百のチームを分析し、高いパフォーマンスを発揮するチームの特徴を調査しました。その結果、チームの成功を決定づける最も重要な要素が「心理的安全性」であることが判明したのです。
現在、多くの組織がダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を推進していますが、心理的安全性はD&Iの土台となる概念でもあります。多様な背景を持つメンバーが集まっても、安心して発言できる環境がなければ、真のダイバーシティの恩恵を受けることはできません。異なる視点や経験を持つメンバーが、恐れることなく意見を述べられる環境こそが、イノベーションや創造性を生み出す源泉となるのです。
立教大学体育会洋弓部での実践経験
私が立教大学体育会洋弓部の監督を務める中で、現代の学生たちの組織運営能力に驚かされることが多々あります。彼らは私たちの世代とは異なり、自然にティール組織的な運営を実践しているのです。ティール組織とは、階層的な管理構造に依存せず、メンバーの自主性と相互の信頼関係に基づいて機能する組織形態ですが、今の学生たちはそのような環境を無意識のうちに構築しています。
このような環境では、心理的安全性が自然に確保されています。部員たちは自分の弱みや課題を隠すことなく、「この技術がうまくできない」「今日は調子が悪い」といった率直な発言をすることができています。(必ずしも全ての学年、メンバーがそうではないですが)
しかし、一方で気づいたことがあります。彼らがこのような心理的安全性の高い環境を作り上げているにも関わらず、それが「心理的安全性」という概念であることを意識していないということです。特に、幹部学年のメンバーは、後輩たちの指導やチーム運営において、無意識に実践している良い取り組みを言語化し、意識的に継承していく必要があります。
そこで毎年、特に幹部学年のメンバーに対して、彼らが実践している素晴らしい組織運営について改めて言語化し、その価値を伝える取り組みを行っています。「君たちが自然に行っているこの関係性は、心理的安全性と呼ばれる非常に重要な概念なんだ」「この環境があるからこそ、チーム全体のパフォーマンスが向上している」ということを明確に伝えています。また、なぜこのような環境が重要なのか、そして将来社会に出た時にもこのような環境を作れるリーダーになってほしいということも併せて話しています。
コーチングにおける心理的安全性
コーチとしての活動において、心理的安全性は絶対に欠かせない要素です。コーチングの本質は、クライアントが自分自身と向き合い、内面の気づきを得て、自発的な行動変容を促すことにあります。しかし、クライアントが判断されることを恐れていたり、批判される可能性を感じていたりすると、本当の思いや課題を打ち明けることができません。
私がコーチングセッションで最も重視していることの一つが、セッションの冒頭でクライアントに「ここは安全な場所である」ことを伝えることです。具体的には、「このセッションで話されたことは守秘義務により保護されます」「どのような発言も否定や批判されることはありません」「失敗や弱みを話すことも歓迎します」といったメッセージを明確に伝えます。
また、コーチとして自分自身の在り方も重要です。クライアントの話を聞く際には、評価や判断を一切せず、無条件の肯定的関心を持って接することを心がけています。たとえクライアントが失敗談や恥ずかしい経験を話しても、それを受け入れ、共感的に理解しようとする姿勢を示します。
心理的安全性が確保されたコーチングセッションでは、クライアントは驚くほど率直に自分の内面を語ってくれます。表面的な課題だけでなく、深層にある価値観や信念、恐れや不安についても話してくれるようになります。その結果、より本質的な気づきが生まれ、持続可能な行動変容につながるのです。
心理的安全性の環境構築
心理的安全性の高い環境を構築するには、以下の要素が重要です。
まず、リーダーや管理者の姿勢が最も重要です。リーダー自身が完璧でなくても良いということを示し、自分の失敗や学習プロセスを透明にすることで、メンバーも同様に行動しやすくなります。また、異なる意見や質問を歓迎し、それらを建設的に扱う姿勢を示すことが必要です。
次に、失敗に対する組織の態度を変える必要があります。失敗を個人の責任として追及するのではなく、学習の機会として捉え、「なぜ失敗したのか」「そこから何を学べるか」「今後どう改善できるか」に焦点を当てることが重要です。
さらに、多様性を真に受け入れる文化の醸成も必要です。異なる背景、経験、価値観を持つメンバーの意見を尊重し、それぞれの強みを活かせる環境を作ることで、全員が安心して貢献できるようになります。
コミュニケーションの質も重要な要素です。対話では相手の話を最後まで聞き、理解しようとする姿勢を示すこと、建設的なフィードバックを提供すること、そして感情的にならずに冷静に議論することを心がけるべきです。
さいごに
心理的安全性は、単なる「優しい環境」ではありません。それは、メンバーが最高のパフォーマンスを発揮するための基盤となる、戦略的に重要な要素です。私はクライアント企業における心理的安全性の向上を支援し、組織の真の力を引き出すお手伝いをしています。
洋弓部での経験やコーチングの実践を通じて学んだことは、心理的安全性の構築には時間と継続的な努力が必要だということです。しかし、一度この環境が整うと、個人の成長、チームの結束、そして組織全体のパフォーマンス向上という大きな成果を得ることができます。皆様の組織においても、心理的安全性の向上に取り組んでいただき、メンバー一人一人が輝ける環境を作っていただければと思います。